1945年1月、沖縄に一人の知事が赴任しました。
その人物が、島田叡氏です。

当時の沖縄は、すでに戦場になることが確実視されていました。
多くの人が「危険すぎる任地」と考える状況です。

それでも島田叡は、沖縄へ赴任します。
理由はただ一つ。
「県民を守るため」でした。

そして実際に彼は、行政のトップとして
住民の命を守るための行動を続けます。

学童疎開を進め、食料確保に奔走し、
混乱する中でも行政機能を維持しようとしました。

しかし戦況は急速に悪化します。
沖縄戦は激しさを増し、
沖縄は激しい地上戦の中に巻き込まれていきました。

その中で島田叡氏は、最後まで沖縄に残ります。
本土へ逃れる道もあったと言われています。

それでも彼は離れませんでした。

そして1945年6月、
島田叡氏は消息を絶ちます。

最期まで沖縄に残り、
県民と運命を共にした知事でした。

歴史には多くの人物が登場します。
しかし、立場や責任を最後まで背負い続けた人は
決して多くありません。

島田叡氏という人物は、
静かに、しかし確かに
「公に仕える」という言葉の意味を
私たちに教えてくれる存在なのかもしれません。